鉄道

2011年8月19日 (金)

国鉄型車両を巡る旅~その4~583系急行「きたぐに」

列車を乗り継いではるばるやってきた新潟は夜になっても人の減らない大都会だった。新幹線に加え、磐越西線のキハ47やキハ110などのディーゼルカー、時間帯によっては蒸気機関車と賑やかな駅である。ところで改札に面したホームは特急が使うのが通例だが、この駅では優等はすべて階段を使わされる。「いなほ」は新幹線の隣のホームとしても、「北越」ぐらい1番線に停めろよ…

もう観光とかどこにも行く時間でもないので駅構内を歩いてマツモ○キヨシとヨド○シカメラを物色した後待合室のベンチに座り、持参したPSPで時間を潰す。

22時27分、3番線に大阪行き夜行急行「きたぐに」が入線。今回の旅のメインである583系に乗って帰ることにする。

583系は同じ車両を座席としても寝台としても使え、国鉄の車両製造数や車庫の建設を抑えるという目的で製造され、昼も夜も走るモーレツさは高度経済成長期を象徴していた。山陽・東北新幹線の開業でそこまでする必要がなくなり、逆に時代の変化で昼はボックスシートが、夜は三段寝台が「特急として」嫌われる半端者となってしまった。しかしガチなサービスを追及しない急行列車や臨時列車では「1編成車庫に留置するだけで多様な需要に対応できる」「電車でスピードが出るためダイヤ作成がブルートレインより楽:」などといった使い勝手の良さからJRになってからもシュプール号や甲子園臨で活躍してきた。特に大阪―新潟間の夜行急行「きたぐに」では座席需要も寝台需要もあることから同じ車両で両方対応できる583系は相性が良い。1985年に583系が「きたぐに」で使われ始めて今年で26年、「第二の人生」のはずが山陽線や東北線の特急で活躍した全盛期よりも長い。しかし国鉄時代にすでに厄介者扱いされながらもJRで大活躍した583系だがさすがに物理的な寿命には逆らえず、現存するのは「きたぐに」運用分30両とと仙台の波動用(ディズニーリゾート行き団体列車とかに使われるらしい)6両だけである。

さて、「きたぐに」は本来10両編成だが、今夜は増結されて12両編成になっている。波動用の車両は既に廃車されているので予備編成を崩しているのだろう。こんなことなら波動用少しは残しておけと…「シュプール号」廃止されても宗教臨とかで稼働率高かったのに。増結されていてもグリーン車・寝台車の指定券は売り切れ、自由席も途中から大勢乗ってくるので詰めてくださいとの放送。盆のド真ん中でさほど混むとは予想しておらず、実際2週間前でも車両中央下段のベストポジションが取れたのでこれだけの乗客がいるのは正直驚いた。

寝台券は持っているのだが、横になるまでのしばらくの時間を座席車で過ごすことにする。以前583系に乗ったのはオール寝台の「シュプール号」だったし、広いボックスシートは419系や715系で体験済みだが急行用として整備された583系の座席車に乗るのは初めてである。座り心地は上々で昔リクライニングの夜行バスでの寝不足を419系で補ったこともあるくらいである。しかしここで寝たら寝台取った意味がないので寝台車へ移る。

久しぶりに乗る583系、せっかくだからパン下(屋根高さが中途半端で上段が設置できないパンタグラフ下の中段寝台)を試そうかと思ったがパンタの摩擦音がうるさいという話もあるしデッキかトイレにも近いのでどうかと思い王道の下段寝台で寝る。三段寝台とはいえ、中段寝台は座席時の背もたれの高さなので下段はそれほど狭さを感じない。座高が高くない限り上体を起こすことは可能である。もっとも年を取って体が硬くなれば横になったまま備え付けの浴衣に着替える器用なマネはできなくなるかもしれないし、そもそも直立できないので着付けがちゃんとできない。客車寝台と違ってボックス内に立てず荷物棚も無い。たしかに不便な車両である。しかし横になってしまえば広々としているのが583系下段の魅力。奮発してレア車のA寝台車にしようかとも思いましたが横になるとB寝台と全く変わらないのでやめました。

私は汽車慣れしていることや、旅の疲れもあって眠ることができました。途中数時間おきに目が覚めましたが(眠りの浅い周期は揺れで簡単に冷めるのだろう)、また眠ってしまいます。しかし5時を過ぎてトイレに起きると、窓の外が明るくなったこともあって眠れなくなり、意識を保ちながらもベッドでボーッとすることに。

終着大阪には6時49分に到着。たった1日の旅でしたがようやく帰ってきました。廃止も近そうだと思って乗った「きたぐに」が意外と混んでいたのは嬉しいのですが、583系の老朽化だけでなく新幹線との絡みで楽観できない状況です。大阪―富山間だけでもサンダーバード車両で残してくれないものでしょうか?

大阪からは快速電車で神戸に帰りますが、221系のシートのモケットが変更されていました。「JRの新車」としてもてはやされて22年、ようやくリニューアルの手が回ってきたようです。

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2011年8月17日 (水)

国鉄型車両を巡る旅~その3~485系快速「くびき野」

新井駅前をしばらく歩いて戻ると、「くびき野2号」が到着して折り返し整備中だった。しかしこの駅の主要な列車なんだし改札に面した1番線に停めろよ…

「くびき野」はもともと長野―新潟間の特急でしたが、県境を越える需要がなく新潟県南部から県庁へのアクセス列車として再編。その後JR東日本は何を思ったのか車両そのままで快速に格下げ、リクライニングシートの豪華な快速が生まれました。

その485系ですが、国鉄時代は全国各地で見られたのに今年になってJR九州とJR西日本から消滅(但し西日本では書類だけ183系にした元485系や波動用の489系が残存)、現在485系の定期運用があるのはJR東日本だけとなっています。首都圏では平成生まれですら廃車する会社なのに地方は意外と古い車両残ってます。

「くびき野」に使われる車両は特急「北越」「いなほ」と共通仕様のクロハ込み6両編成。座席はJR初期に交換されたリクライニングシートでしかも一部の車両はかつて「白鳥」「雷鳥」用デラックス編成に連結されていた座席の高床化、シートピッチ拡大された車両も混じっています。485系の中には国鉄時代の簡易リクライニングシートのマイナーチェンジタイプも残っているというのに「くびき野」編成は485系の中ですらも豪華な部類に入ります。本当にこれで特急料金不要とは… JR東日本新潟支社の太っ腹に驚かされますが、特急「北越」との格差がなさすぎて逆に問題がないのでしょうか?

新井始発の時点ではそれなりの乗車率(改札を通る乗客は結構いたが、6両編成の輸送力に対して微々たるレベル)でしたが、上越市内を各駅に停まって徐々に乗客が増えていきます。私はしばらく自由席に座っていましたが、脇野田に着いたところで最後尾1号車のクロハ481に移動します。脇野田から新潟だと営業キロが150キロに収まるため、ここからのグリーン券を新井駅で買っていたのです。1620円と同距離の特急の普通車自由席よりも安く、これで特急型車両のグリーン車に乗れるのだからとささやかな贅沢をしてみることにします。

1号車は手前が普通車指定席になっていますが、ここの座席は自由席よりも新しい座面がスライドするタイプになっており、また快速だからと自由席では省略されている枕カバーも付けられるなど多少の格差がついています。そこそこの距離の列車なので510円払って座る人が結構います。そしてこの車両の奥、先には運転室しかない袋小路に定員16人のグリーン室があります。座席は標準的な横4列タイプで、グリーン車としては標準的なタイプですが、JR初期にクロハに改造された時のままと見え座席の改良が進んだ現在では物足りなさを感じます。グリーン車の必需品といえるフットレストですが、高さが調製できないので脚が長いわけではない私ですら膝が曲がって負担がかかります(シートピッチが狭いと膝の負担も大きいので普通車にフットレストはいらない派)。グリーン室はガラガラですが、値段が手頃なこともあって私以外にも何人かは乗ってました。

直江津で5分間の停車。ここで階段を登ってさっきの駅弁を買おうと思ったのですが、さっきのおっさんがホームに下りてました。特急と「くびき野」の停車時間にはエレベーターで屋台を下ろしているのでしょう。おかげで難なく名物駅弁の「鱈めし」を買えました。特急待遇の快速「くびき野」ですが、さすがに車内販売はありません(まあ今は特急でも無い方が多いけど、昔は快速でも時々あったが)。

直江津から柏崎までは海沿いを走ります。窓から海水浴場やキャンプ場が目につきます。越後線が分岐する柏崎からは内陸部にはいり、上越新幹線に接続する長岡に停車。長岡を過ぎると日が暮れて車窓が暗くなる。お腹も空いてきたのでテーブルに置きっぱなしだった「鱈召し」を食べる。ご飯の上に焼いた鱈や数の子など鱈を豊富に載せており容器の大きさのわりにボリュームもある。ちなみに同じ店から同じスタイルの「さけめし」も出ているが鮭の駅弁は他(特に北海道)にもあるので鱈が主力商品になっている。

快速に1扉の485系を使っているので混雑を心配したが、トイレのついでに自由席を覗くともう少しで座席が埋まるレベル。普段115系が3両で走る路線なので6両だと余裕あるようだ。

すっかり暗くなった19時29分に終点新潟に到着。ここで帰りの夜行列車「きたぐに」に乗るまで時間を潰すことにする。

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2011年8月16日 (火)

国鉄型車両を巡る旅~その2~475系急行型電車

今年3月のダイヤ改正から、敦賀~金沢間の普通列車はほとんどが新型の521系になっており、国鉄型車両の旅はこの金沢から始まります。521系に乗ろうかなとも思ったのですが、関西の新快速とあまり変わらない車両なのでここまでサンダーバードで来て時間に余裕を持たせ、413系だったら何本か見送る覚悟で金沢~直江津間で475系の普通列車に乗ることにします。

最初に狙うのは金沢11時59分発の富山行き447M。いきなりビンゴで期待通りの475系、しかも最近話題の青一色塗装でした。

米原寄りからクハ455、モハ474、クモハ475の3両編成。車内はデッキ付近がロングシートになり、シートモケットが茶色になっているものの往年の急行型車両の面影をよく残しています。さすがにサンダーバードと比べると見劣りしますがそれでも昔はこの車両が大阪ー金沢・富山間の優等列車に使われていました。冷たい風に当たりながらこの車両が製造当初は非冷房だったことを思い出し、恵まれた時代だなと実感。便所・洗面所はクハを残して撤去されたのはどの編成も共通ですが、デッキの仕切りは車両によって撤去されたり残ったり混在しています。

先ほどからのダイヤの乱れもあり3分遅れの出発となりましたが、津幡での特急退避の停車時間を削ってすぐ定刻に。乗車率はどのボックスも埋まる程度でしたが、青春18きっぱーなのか荷物の大きい乗客が多く、大半が富山までの通し乗車でした。元急行用だけあって駅間では快調な走りを見せ定刻13時08分に富山に到着。

ここで13時18分発の直江津行き545Mに乗り換えますが、昼食として駅弁が欲しいところ。しかし富山駅は高架化工事中のため仮ホームで駅舎からかなり距離があり、走るほどではないにせよ改札外の駅弁屋に行くには厳しいところ。迷ってる暇は無いと考え超定番の「ますのすし」を購入して545Mのホームへ。

545Mは白い車体に青帯の電車。最近塗装コスト削減のため単色化が進むJR西日本だが、JR初期から使われているこの北陸色は結構気に入ってるだけに残念である。北陸地方の急行型車両は機器の違いで形式が分かれているが、この列車に使われているのは最終バージョンの475系。東日本・西日本両方の周波数で使えるが、残念ながら485系「白鳥」のような東西通し運用をやったことは無い。455系が現存しないJR東日本に貸し出してイベント列車にしたら話題になりそうだが。

545Mはどのボックスも埋まる程度の乗車率。ボックスシートだと数値上の乗車率は低くても他人のいるボックスに割り込みにくくて混んでいる印象を受けやすく、これがロングシート派の主張にもなっている。急行型のボックスシートだと窓辺のテーブルに飲み物を置くのが精一杯で(115系やキハ47など普通列車用だとそれすらない)、個人用テーブルのある特急の座席じゃないと駅弁を食べにくい。特に「ますのすし」は容器が複雑なので膝の上で開けるのに苦労した。皆様も駅弁を買うときは乗る車両と容器デザイン考えて選びましょう。

海側の座席に座って車窓を楽しむ。時々山側を見ると北陸新幹線の高架橋が結構できており、ホントにまだ3年もかかるのかと思う。

特急「白鳥」停車騒動で知られる能生、その次はトンネル駅の筒石に停車。このトンネル駅、光が窓で反射してまともに写真撮れませんでした。

乗り継ぎを含めると金沢から3時間以上旧式のボックスシート車に乗っていますが、元が急行用であることもあってつくりがいいのか疲れを感じません。今回は空いているので足を伸ばしていますが、昔は満員の臨時大垣夜行で大垣から川崎までクハ167のトップナンバーにずっと座っていたことがあります。そのときは一睡もできなかったものの窮屈とは感じませんでした。

15時22分に直江津に到着。以前来た事があるのでホームの雰囲気は覚えているのですが、改札は橋上駅舎になって印象が変わっています。改札入ってすぐのところに駅弁売りがいておっさんが元気な声をあげている。まだ食事の時間ではないが覚えておこう。

さて、ここから特急「北越」で一気に新潟へ行こうとも思ったのですが、この区間に「北越」と同じ485系を使う乗り得快速「くびき野」に乗ることにしました。それまで時間があるため、短距離切符を買って「くびき野」始発駅の新井まで行きます。

15時36分発の長野行き普通列車350Mに乗車、長野色の115系です。室内はリニューアルされて座席は新しいものに交換され内装も多少きれいになっていますが乗客が多いため座れたものの車内を無神経に撮影できず。

最近JR東日本から113系が無くなると話題になっていますが、私の住むJR西日本管内には多数残っていますし、東日本でも115系が長野・新潟に多数残っているので特にこれといった気持ちはないです。113系と115系って乗る分にはほとんど変わらないし。

脇野田駅では北陸新幹線の高架橋がすでにできあがっています。しかし地上からの遠目ではここにできるはずの上越駅は確認できず。衛星写真でも路盤だけで駅舎や移転する在来線は着工していない様子。

16時10分に新井に到着。ここで下車して折り返しの「くびき野」を待ちます。

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2011年8月15日 (月)

国鉄型車両を巡る旅~その1~ヨンダーバード

国鉄の分割民営化から24年、国鉄時代の車両が次々と姿を消す中、急行「きたぐに」に使われる583系寝台電車もリニューアルからですら20年近く経ち先が長くないといわれている。派生型である419系も今年引退しており、583系に乗るならもう最後のチャンスだろうと考え旅に出ることにした。

月曜の朝に帰ってきてそのまま出勤しようと考え2011年8月14日の上り「きたぐに」の寝台券を先に確保していたが、せっかくだからこっちも先が長くない急行型電車475系にも乗っておこうと考え特急「サンダーバード」で大阪から金沢まで行く。

8月14日の朝8時過ぎに大阪駅11番線に出る。8時12分発の「サンダーバード5号」は自由席の列にかなり並んでいたため金沢からの乗り継ぎが変わらないことを確かめて見送り42分発の「7号」を待つ。「サンダーバード」は一番古い車両が1992年製で年次の差がかなりあるのだが、やってきたのは最新型の683系4000番台(通称ヨンダーバード)、結構運がいい。

681系初期車に乗って以来16年ぶりとなる「サンダーバード」だが、当時の印象は記憶に薄く、この前乗った287系に似ているという感が強い。ただ自由席に乗ると意外と空いていて私の隣には誰も座らなかった。

さっそく駅弁を広げることにする。大阪駅ホームの弁当屋「旅弁当」で淡路屋の「六甲山縦走弁当」を購入していた。笹包みに握り飯というレトロな弁当のデザインとコンパクトで値段が手ごろ(早朝にパンを食べているので軽いのでよかった)なのに惹かれて選んだのだが、明石の蛸、神戸の牛肉と神戸の駅弁らしい具だけでなく卵焼きや鮭など幕の内弁当並みにバラエティがありとても600円とは思えない。

京都に停車する前後で「次は福井」という放送があり、そんな遠くまでノンストップかと少し驚く。必要ないので途中停車駅を確認していなかったのだがこの「7号」は「サンダーバード」で一番停車駅の少ない最速達列車だったのだ。石川県の温泉郷を全部スルーするため前の「5号」ほど混んでいないのだろう。

窓から琵琶湖を眺めていたが、北陸線に入る頃になって寝オチ。朦朧状態で敦賀を通過、保留車の419系を眺める。

先行列車の遅れで徐行したため数分遅れて金沢に到着。ここで増結の10~12号車を切り離すが、前よりの車両を切り離すため効率が悪く8分も停車する。スピードが売り物の「サンダーバード」でこのタイムロスは結構痛い。683系4000番台は大阪寄りに増結することも可能だが限定運用で効率悪くなるからね。このまま終着の富山まで乗っていてもいいのだが、475系に乗るためここで下車する。

…と旅の最初は最新型でしたが、ここからはずっと国鉄型車両です。

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2010年12月15日 (水)

東日本一周乗り鉄 後編 最後のA寝台車

青森駅はホームと駅舎が離れていて長い跨線橋を渡ります。メモリアルシップ八甲田丸の位置からみて、おそらくこの不自然な空間に船に載せる貨車を留置するヤードがあったのでしょう。

駅舎には旅行センターや青い森鉄道のきっぷうりばがあり、また駅前はバスターミナルや銀行などのビルがあり典型的な都会に見えるが、駅そのものは青函連絡船時代から「時が止まった」ように見える。ホームや跨線橋は古いままで桟橋方面の跨線橋が閉鎖(駅と繋がらない自由通路化)された程度の変化しか見えない。これが函館だと桟橋方面の線路を撤去して頭端式ホーム化(全ホーム階段不要)で、駅前再開発で駅舎も新しくなっているが、青森駅は駅が海に突き出して設置されており(函館は街のど真ん中に船を入れる格好)、頭端式にすると逆に不便になる。駅の位置や東西の往来を考えると橋上駅化するのが自然に見えるが、新幹線駅が別に設置され、また再開発による移転の話もあってカネを出しにくいようだ。

駅ビル「ラビナ」を少し物色した後、駅の北側へ歩く。新幹線開業と同時にオープンした新名所「A-FACTORY」が見えてきた。中に入ると野菜の匂いが。どうやら農産物の直売と名物料理のフードコートを兼ねた建物らしい。

雪の中をさらに歩くと海辺に出たが、寒いためか潮の匂いはしない。保存されている八甲田丸が見えてくる。船の前には貨車航送用のレールも再現されている。見学時間は過ぎていてももう少し近づきたいところだが帰りの列車の時刻も近づいたので引き返すことにする。

これから寝台特急「日本海」で大阪に帰る。よほどの大都市でないと18時過ぎには駅弁屋が閉まっている傾向があるが、構内コンビニ「NEWDAYS」に駅弁「帆立釜めし(900円)」が残っていたので購入する。しかし皆様が青森から「あけぼの」「日本海」に乗るときはあらかじめ駅前で食べるか、ラビナ1階やコンビニでの弁当購入をお勧めする。

発車25分ぐらい前にホームへ行くとちょうど「日本海」が車両センターの入換機DE10の先導で入線してきた。牽引機EF81は最近珍しくなったローズピンクのノーマル塗装である。

さて、この「日本海」、以前から青森運転所の24系24形を使っていてJRになってから時刻表の編成表での変化が無い事もあり、「のりもの勝席ガイド」でも24系24形が使われているように書かれていますが、実際はA寝台車以外は元「あさかぜ」用の24系25形金帯車です。近年のブルトレ激減と寝台車老朽化のため手入れのよい金帯車を残してノーマルの白帯・銀帯はほとんど廃車されており、1両だけ連結されているオハネ24も「北斗星」用の引戸・金帯です。

私は編成中唯一の白帯であるA寝台車に乗りこみます。このA寝台車はボックスシートの座面を引き出して下段寝台にする「プルマン式」と呼ばれるタイプです。昔は全国の特急や急行に連結されていたこのタイプのA寝台車も個室寝台の普及や老朽化による廃車で数を減らし、現在はこの「日本海」と583系電車の急行「きたぐに」にしか連結されていません。「きたぐに」は電車三段寝台からの改造なので本来のA寝台とは細部が異なっており、この「日本海」オロネ24が昔の一等寝台マイネ41や二等寝台オロネ10の伝統を伝える唯一の車両になっています。

青森でA寝台車に乗りこんだのは私1人だけでした。寝台はすでにセット済みだったので荷物だけ置きデッキ横の喫煙席に行きます。N700系のような立って吸うスペースではなく、下段寝台と同じ構造のボックスシートでミニサロンとしても使えます。テーブルもあるためここで駅弁を広げることにします。

「日本海」は19時31分に青森駅を発車。しばらくして新青森に停車。新幹線から弘前方面へのヒルネ需要があるのかブルトレも新青森に停まります。ホーム向かいの「スーパー白鳥」には785系改造のレア車が増結されていたのですがホームに出て写真を撮る暇はありませんでした。

新青森を出た時点では車内はガラガラで、ヒルネ扱いの6号車だけ高い乗車率でした。その後途中停車駅でパラパラ乗ってきましたが、それでも翌朝の時点でようやく半分を超えた程度だった気がします。

私の乗ってるオロネ24 4はなんと昭和48年製造、もう37年も昔の車両です。当時は東北新幹線の工事が始まったばかりで山陽新幹線すら全通していませんでした。そんな古い車両ですが、シートモケットとカーテンの色が変わった以外は新製時とほとんど変わってません。洗面台も蛇口が昔ながらのレバーですぐ戻るタイプで両手を洗うことができません。B寝台車が金帯化のときにセンサー式になってますからA寝台車のほうが見劣りがします。一応ペーパータオルが設置されていてサービスの格は保たれてましたが。

車窓も暗いので、駅弁を食べた後自分の寝台に戻ります。さすがにベッドは広いのですが荷棚がないため総合的な居住性ではB寝台と差があるようには思えません。むしろソロやシングルツインなどB個室寝台のほうがはるかに快適です。それでも今回わざわざ開放式A寝台に乗ったのは、幼い頃児童書でみたA寝台車のインパクトが強いと共に高級車という印象を刷り込まれていて興味があったためです。(…なんて書いたら年バレるな。今の若いテツはブルトレの原体験が「北斗星」だし。)

ただこの開放式A寝台、昭和49年の二段式B寝台の登場時に不要扱いされたにもかかわらず現在でも結構利用されています。私が見た感じ、B寝台がガラガラな割にはA寝台は埋まっていた方でしょう。

やることも無いですし、まだ21時ですが寝てしまいます。途中何度か目が覚めましたが、睡眠は十分取れました。翌朝は5時半ごろに起きて着替えました。

さて現在のA寝台車は走行途中で寝台のセット・解体を行いません。そうなると昼間の身の置き方という点では二段式B寝台より困ったことになります。583系の三段式B寝台よりは高さがるのであぐらをかいたり仕切り壁にもたれることは可能ですがどうも落ち着きません。おかげで着替えた後も横になっている人もよくいました。喫煙席に行きましたが、ここは暖房が入っていなくて寒い。結局下段寝台のボックスシートの一方だけたたんで座席にしました。喫煙席とおなじ構造ですが、座り心地はまあまあです。

「JR時刻表」に車内販売の記載が「北斗星」「カシオペア」「トワイライト」しかないため敦賀の機関車交換時に駅弁を買うしかないと思っていたのですが、放送では福井から車内販売があるとのこと。福井から乗り込むのかと思っていたら、福井のホームに入るときに客用ドアの無い後ろからワゴンがやってきました。どうやら最後尾カニ24の荷物室で待機していたようです。北陸といえば寿司の駅弁が有名ですが、「百万石弁当」なる金沢の幕の内が目についたので購入しました。

敦賀では機関車交換のため19分停車。機関車の敦賀所属のため列車の運行途中に僚機と交代しなければならずタイムロスになります。EF81を大阪付近に配置できないものでしょうか? 交代でやってきたEF81はトワイライト色でした。敦賀のホームで目についた時刻表には新快速が載っており、もう関西のアーバンネットワーク圏に戻ってきたのだと実感させられます。

湖西線に入ると「サンダーバード」退避のため運転停車。同じ特急でもブルトレと最新型電車のスピードの差は歴然としています。山科から東海道本線に入り、見慣れた景色を見ながら10時27分に大阪に到着。こうして駆け足の東日本一周が終わりました。

最後に帰宅してのオチを一つ。今回JR東日本エリアに行くため、Suicaが役に立つかもしれないと思って2ヶ月前に上野で買ったSuicaを持って行こうとしたのですが見つからず、失くしたか実家に置き忘れたかと慌てたのですが、帰宅して荷物を片付けるときに見つかりましたorz

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2010年12月14日 (火)

東日本一周乗り鉄 中編 東北新幹線全通

事前に調べたところ、新宿駅には小田急とJRの乗り換え改札口があるようなのでそこに向かいます。どうもSUICAやPASMOでのスルー利用がメインらしく、JRきっぷの販売は近距離切符だけを売る有人窓口のみでオレンジカード対応券売機や特急券はなし。しかたなく190円払って東京までの切符を購入、ついでに数年前の上京時に買った後サービス停止になったパスネットカードを払い戻してもらいます。旧営団のカードですが応じてくれました。

新宿からは13時28分発の青梅特快で東京へ向かいます。現在中央快速線の電車は全てE233系になっています。まあオレンジの201系は地元(大阪環状線)で見られるので惜しいと思いませんが。2ヶ月前に京浜東北線で乗ったE233系の印象は「車内が209系と変わらない」でしたが、中央線の車内はモザイク柄のシートモケットがおしゃれです。東京駅には13時41分に到着。

中央線の高いホームから下りた私は中央通路を歩き、新幹線中央乗換口の対面にある駅弁屋5号売店を目指します。目的はこの売店のみで販売される究極の駅弁「極附弁当」を購入するためです。1日30個限定で夕方に関西に帰る時だとまず売り切れているのですが、昼間ということもあって入手できました。3,800円という駅弁屋としては破格の買い物のためか店員も恐縮した態度でした。

東北新幹線が全通して今日でまだ8日しか経っていません。開業フィーバーが冷めぬ中、これから東京から新青森まで全線乗り通します。

ホームに上がると「はやて・こまち29号」新青森・秋田行きが既に入線していました。少し時間があるので編成前方の「こまち」を眺めた後E2系「はやて」に乗りこみます。

乗った編成はJ63編成。E2系の新しいタイプでリクライニングに加えて座面がスライドします。座面スライド式の座席は初体験です。

「はやて」は青森までの長距離旅客に加えて仙台・盛岡までの速達需要もあるため人気が高く、上野で満席に。上野を過ぎるとトンネルを出ますが110km/hしか出ないため揺れが少なくのんびりした走り。地元が気にする騒音も並行する埼京線以下ですし、「スカイライナーと同じ」と説明して160km/hにスピードアップできないものでしょうか?

大宮を出ると245km/hと新幹線本来のスピードで走り始めます。宇都宮からは275km/hにスピードを上げますが、気のせいか宇都宮通過直後にGを感じました。それにしても昔はビュフェにスピードメーターがあったというのに今はスピードアップしてもどのくらいかわからないのが悲しいです。

東北に入る頃になって、ずっとテーブルの上に置いていた「極附弁当」の包みを開けます。立派な風呂敷をほどくと中からは二段式の箱が現れました。これを開けると海老、黒豚、鶏肉、烏賊、煮物、玉子焼き、甘鯛、竹の子etc.これでもかとおかずが入っている。ご飯も上等のものを使用しており、また市販の弁当には珍しく梅干しは本物である。話題になっているので食べてみたが、3,800円出して後悔しなかった。もっとも今度はリピーターになるより「東京弁当」や「大人の休日」を試してみるつもりである。小田急ロマンスカーの弁当も食べてみたいし。

リクライニングや座面を適度に調節して窓の景色を眺めていたが、満腹になったこともあり福島付近で寝落ちしてしまう。仙台ではある程度の下車客がいるが、乗ってくる客も結構いる。「はやて」は満席でも仙台から空席が出るため、仙台で追い抜かれる「やまびこ」で先行するテクニックを使っているのだろうか?

盛岡には16時22分に到着。ここでホームに降りて「こまち」の切り離し作業を見学する。皆もご存知のことであろうが作業員が全くいないフルオートで、「こまち」は連結器を離した後すぐに走行しながらカバーを閉じて出て行った。上着無しでホームに出ると寒くもう東北だと実感させられる。「はやて」の車内に戻り、26分に出発。

さすがに盛岡を過ぎるとかなり空席ができている。ここからは整備新幹線でスピードは275km/hから260km/hに落ちるが実感するほどの差ではなく、むしろトンネルの多さが気になる。冬至10日前の東日本は日没が早く、午後4時半を過ぎるともう暗くなる。

最後の停車駅、八戸を出ると新線区間だが暗くてさっぱりわからん。もともと私は東北新幹線自体、全線が初乗車なんですけどね。

17時19分、定刻に新青森に到着。新青森駅はホーム2面4線の立派な駅ですが、今のダイヤで4線も使うのでしょうか? ホームは1面だけ使ってもう一方は土台だけでもよかった気がします。それよりホームの長さが10両分しかないので将来の輸送力が心配です。(東京付近の過密ダイヤや青函トンネルでの貨物列車との干渉を考えると増発が難しく16両編成化が課題になると思われる。)

新青森駅は「地形や将来の延伸の関係で市の中心駅から4km弱離れた場所に在来線と直交する形で作られた。」・・・と書くと新大阪駅みたいですね。在来線ホームに下りると接続の普通電車がやってきました。わずか一駅に乗客が集中するので通勤型の701系がありがたい・・・と言いたいところですが新幹線の下車客が結構いたのに青森行きの電車に乗る客はわずか。どうやらみんなバスやタクシーなど他の足があるようです。私もこれに乗ろうと思ったのですが、18時04分発の「つがる53号」があるとわかったのでもう少し新青森駅を見てまわることにします。

新青森の駅前は・・・新しすぎて何もありません。まずはメインと思われる東口に出ましたが、やたらと広い駅前広場とバス乗り場があるだけ。店はレンタカーの営業所しかありませんでした。ところで新幹線からでは暗くてわかりませんでしたがさすが12月の青森、雪降ってます。耐えられない寒さじゃないですがとにかく滑らないように気をつけましょう。

駅の一階には飲食店や特産品店など食に関する店を集めた「あおもり旬味館」がオープンしています。西口はいったん東口側から一階に下りこのゾーンを横切った先にあります。西口に出てみると…巨大駐車場しかありませんでした。バスツアーでは活躍しそうですが。

次は在来線のある南口に出てみます。こっちは新幹線コンコースから離れているのでひっそりしてますがバス停もあります。南側の道路に以前から存在したバス路線が乗り入れている模様。

駅構内や周辺をうろついているうちに18時が近づいたので在来線ホームに戻り「つがる53号」を待ちます。やってきた電車は「かもしか」色の3両編成。485系は久しぶりの乗車になりますが車内はガラガラ。臨時列車ながら冬の間は毎日運転で様子を見ているようですが、これじゃ春には廃止かも。座席は新製時の簡易リクライニングシートを改造してサイドテーブルを取り付けた東北オリジナルタイプでした。

新青森から青森までは貨物線や津軽線が絡む複雑な配線のせいかずいぶんゆっくり走ります。3.9kmに7分かけて青森駅に到着しました。私は今まで青森は「北斗星」「トワイライト」でスルーするだけだったのでここで下車するのは初めてになります。

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2010年12月13日 (月)

東日本一周乗り鉄 前編 小田急VSE

2010年12月12日、私こと太田拓也は日曜日を利用して東日本一周の旅に出かけました。

まずは新大阪から新幹線に乗車。在来線コンコースではFSNと淡路屋が、新幹線コンコースではJCPが駅弁を販売しており「水了軒」倒産の影響など感じさせない。淡路屋のステーキ弁当も考えたが、新幹線コンコースで「なにわ満載」を購入してホームに上がる。

8時13分発の「ひかり462号」に乗車。三原から名古屋まで各駅停車というのんびりした列車なので自由席でも楽に座れる(途中駅乗降客もどこかで「のぞみ」に乗り換えるし)。車両は700系だが、車内放送のメロディーが「いい日旅立ち・西へ」なのでJR西日本の車両と判る。

米原・岐阜羽島と連続で「のぞみ」を退避するが名古屋からは「のぞみ」と同じスピードで走る。私は東海道新幹線には数年おきに乗っているが、天気が悪かったり夜だったりで今回初めて富士山を見た。

10時34分に小田原に到着。小田急ロマンスカーに乗るためここで下車する。小田急の駅が新幹線と在来線に挟まれる変わった構造。旧市街から順に鉄道作ったらそうなっただけなのですが。

小田原からの乗車でもよいのですが、始発から乗ろうと箱根湯本に向かいます。券売機では「湯本方面は箱根登山鉄道線」と注意していますが、箱根湯本までの電車は全て小田急車になり標準軌のレールは撤去されており一般人には小田急線にしか見えません。営業上も湯本までは小田急が第二種鉄道事業者になったほうがよさそうに思えるのですが…

私が乗った10時46分発の電車は赤ラッピングの箱根専用車でしたが、すれ違う電車はクリーム色もしくはステンレス無地に青帯の一般車ばかりなので運がよかったようです。急カーブばかりでスピードが出ず、箱根駅伝の走者の方が速いです。箱根湯本駅には11時04分に到着。

箱根湯本駅は20年前に来たことがありますが、橋上駅舎になったことや登山電車の直通廃止でかなり変わっています。駅舎の中にはおしゃれなカフェもあります。しばらく駅前を散歩したあとロマンスカーに乗るため駅に戻ります。

日曜日に温泉から帰る客で満席になることを想定し、事前に11時48分発「はこね14号」の特急券を確保していますが大阪のJTBの端末では展望車や窓側などの細かい指定ができず通路側になってしまいましたorz

ともあれ「はこね14号」は小田急の看板車両VSEを使用しており、湯本駅ホームでもテツでない人ですら携帯でVSEの写真を撮るほどの人気です。私も写真をいくつか撮ったのですが、ブログ容量の関係で掲載できないのが残念。

「ロマンスカーの復権」を合言葉に作られたVSEではバブル崩壊後に中止された「走る喫茶室」サービスが復活しているのも特徴です。各座席に備え付けてある車内誌にメニューが掲載されており、係員の巡回時にメニューの品を注文すれば車内のサービスコーナーから持ってきてくれます。

さっそくVSEオリジナルメニューの「マシュマロホットチョコレート(400円)」を注文、しばらくすると耐熱グラスにココアとは似て非なるチョコレート飲料とマシュマロを入れて持ってきてくれました。どうやら他の列車のワゴンサービスでは紙コップで提供される飲料がVSEだと専用グラスで提供、厨房で入れる必要のあるプレミアムコーヒーとマシュマロチョコレートのみVSEでしか出せないようです。ただホットコーヒーや紅茶は耐熱グラスよりも陶器(難しければ陶器風プラ)のカップで出されたほうが喫茶店らしくて雰囲気が出るのですが…冷房のない時代のアイスティーから始まったサービスだからでしょうか?

ちなみにお昼時ですが不思議と弁当を広げる乗客は見かけません。ロマンスカーオリジナル弁当のほか、箱根湯本駅ではJR小田原駅の駅弁も売っていたのですが。私は後で東京駅で駅弁を買う予定なので湯本駅前で買ったスイーツで小腹を満たします。

箱根湯本・小田原を出た時点では結構空席があったのですが、町田から大量に乗り込んできて満席に。箱根観光のイメージのあるロマンスカーもかなり昔から沿線の区間輸送に活躍してきたことが伺えます。ただ定員の少ないVSEはノンストップの「スーパーはこね」専用でよさそうな気もします。

新宿駅には13時19分に到着。新宿駅ホームにはロマンスカーをイメージしたカフェもあるのですが、東北新幹線「はやて」の発車時刻が迫っているので先を急ぎます。

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2010年11月23日 (火)

青森駅に到着はいつ?

12月4日の東北新幹線全通に伴うダイヤ改正の時刻表を見て思ったのですが、新青森から青森まで一駅の接続列車の時刻がわかりにくいです。接続列車は普通列車か特急「スーパー白鳥」(新青森―青森の一駅は特急料金不要)なのですが、「JR時刻表」ですと普通列車は奥羽本線のページ、特急は津軽海峡線のページに分かれていて一目で調べることができず不便です。

時刻表の新幹線のページは構成に余裕があるので、新青森からの接続列車も「リレーつばめ」感覚で載せてくれんだろうか? タイトルのように青森駅到着時刻がわからずに困るし。

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2010年9月20日 (月)

本館もよろしく!

http://f3.aaa.livedoor.jp/~takuya/railroad/yufu/yufu1.html

先週九州に行った時の記事ですが、写真を加えて再編集した上でFTPで本館にもアップしています。ブログは投稿時の容量制限があって写真を載せられませんでした。

あと、ブログだとバックナンバー読むのが大変だという理由もあります。

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2010年9月17日 (金)

関西人鉄オタの憂鬱

関東のテツの方は関西の鉄道を「競争が激しいからサービスレベルが高い、転換クロスシート車に特別料金に乗れるなんてうらやましい。」と昔からよくおっしゃるようですが、関西人の私から言わせてもらえばそんなにいい状況ではないですよ。

まず、クロスシート車の比率はそんなに高くない。阪急はほとんどがロングシートで、8000系の一部にクロスシート車がありますがすぐ製造中止になりました。京都線の特急も15分間隔から10分間隔になってからは車両不足でロングシートの一般車がランダムで混じるようになり、現在でも9300系の検査予備に余裕が無いのか100%クロスシート車というわけにはいかないようです。

阪神・山陽の直通特急も結構な距離を走るのに阪神のロングシート車がよく使われています。会社路線長の関係で山陽5000系(転換クロス)の方が多数派なのと「阪神なのになぜか巨人の色をしている電車」はクロスシートが混じっているのでマシにはなっていますが。

車両もそんなによくないです。JR西日本223系は扉の横の座席が固定、車端部がボックスシートなので転換クロス本来の「進行方向二人掛け」の比率が非常に少ないです。運転台もトイレも無いプレーンな中間車、転換できる座席は車内清掃で全て進行方向に向けたという仮定で座席数を数えた場合、56席(補助座席含まず)の内2人掛けは半分以下の24席しかありません。しかも223系の後期製造車は窓側に肘掛が無く、ドア横の補助座席は背もたれが無くただの尻休めと明らかな安普請設計です。阪急も6300系は転換式シートがズラリと並んでいたのが魅力だったのに、9300系は向かい合わせになりやすく劣化したという印象があります。

その点名古屋や九州はうらやましいです。東海道本線(豊橋―大垣)や鹿児島本線(門司港―荒尾)は普通列車ですら転換クロスシートです。新快速専用の313系5000番台は車端部を含めて全ての座席が転換するという凝りようで、九州の811・813系も扉間全転換と扉脇固定が程よく混じってます。

そんなJRへの対抗の必要から生まれた西鉄の3000形ですが、シートピッチが910mm・扉間全転換という仕様は同社の特急用車両8000形よりも上です。そんな車両を区間運転の急行(関西なら淀屋橋―枚方や梅田―高槻市の感覚)に使っているのですから恐れ入ります。

これは大阪は名古屋や九州よりはラッシュ時の混雑が激しいという理由の他に、関西経済の停滞も一因です。名古屋や福岡では国鉄型車両が残っているといっても1980年代生まれで西鉄もそのくらいなのに対し、関西はJR・私鉄とも1960年代製がゴロゴロ残っているあたりに財政的厳しさを見せてくれます。関東では界磁チョッパ制御の車両(だいたい1980年前後=昭和50年代に作られた世代)が老朽置換えの対象になっているようですが関西では信じられない話です。

橋下知事は関西経済の活性化のためになにわ筋線や関空リニアなどの大風呂敷を広げてますが、鉄オタにも一般人にも注目される華のある新型車両でも出てきてくれないと希望が持てません。がんばれ近鉄、食堂車連結の新型特急よ。

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