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2011年8月

2011年8月24日 (水)

「ロウきゅーぶ!」第7話感想

ロリコンハーレムアニメ「ロウきゅーぶ!」の第7話はお約束の水着回でした。アイリーンのセクシーな水着姿が見られて大満足。

みんな昴の気を引こうと紐ビキニですが、真面目な智花はスクール水着で逆に狙ってる印象を持たれてしまう。でも智花って小柄だけど胸はそこそこあるんですね。あと今回美星先生出なかったのが残念。彼女がスクール水着で小学生に溶け込むところをネタにしてほしかった。

ところで作中で「幼児体形で紐ビキニだとひっかかるモノがないから逆に脱げやすい」趣旨の発言がありましたが、実際はどうなんでしょうか?

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2011年8月23日 (火)

移転作業完了

私が今までホームページとして使っていたAAA!CAFEが12月でサービス終了になるため移転作業をしていました。このブログのサイドバーの「TAKUYA-net本館」のリンクを移転先に変更しています。

なお、移転を機に鉄道関係のコンテンツを独立させました。そのため今後このブログでは鉄道関係は書かないつもりです。

鉄道ブログ「太田拓也の鉄道あれこれ」
http://ameblo.jp/ragnadrive/

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2011年8月19日 (金)

国鉄型車両を巡る旅~その4~583系急行「きたぐに」

列車を乗り継いではるばるやってきた新潟は夜になっても人の減らない大都会だった。新幹線に加え、磐越西線のキハ47やキハ110などのディーゼルカー、時間帯によっては蒸気機関車と賑やかな駅である。ところで改札に面したホームは特急が使うのが通例だが、この駅では優等はすべて階段を使わされる。「いなほ」は新幹線の隣のホームとしても、「北越」ぐらい1番線に停めろよ…

もう観光とかどこにも行く時間でもないので駅構内を歩いてマツモ○キヨシとヨド○シカメラを物色した後待合室のベンチに座り、持参したPSPで時間を潰す。

22時27分、3番線に大阪行き夜行急行「きたぐに」が入線。今回の旅のメインである583系に乗って帰ることにする。

583系は同じ車両を座席としても寝台としても使え、国鉄の車両製造数や車庫の建設を抑えるという目的で製造され、昼も夜も走るモーレツさは高度経済成長期を象徴していた。山陽・東北新幹線の開業でそこまでする必要がなくなり、逆に時代の変化で昼はボックスシートが、夜は三段寝台が「特急として」嫌われる半端者となってしまった。しかしガチなサービスを追及しない急行列車や臨時列車では「1編成車庫に留置するだけで多様な需要に対応できる」「電車でスピードが出るためダイヤ作成がブルートレインより楽:」などといった使い勝手の良さからJRになってからもシュプール号や甲子園臨で活躍してきた。特に大阪―新潟間の夜行急行「きたぐに」では座席需要も寝台需要もあることから同じ車両で両方対応できる583系は相性が良い。1985年に583系が「きたぐに」で使われ始めて今年で26年、「第二の人生」のはずが山陽線や東北線の特急で活躍した全盛期よりも長い。しかし国鉄時代にすでに厄介者扱いされながらもJRで大活躍した583系だがさすがに物理的な寿命には逆らえず、現存するのは「きたぐに」運用分30両とと仙台の波動用(ディズニーリゾート行き団体列車とかに使われるらしい)6両だけである。

さて、「きたぐに」は本来10両編成だが、今夜は増結されて12両編成になっている。波動用の車両は既に廃車されているので予備編成を崩しているのだろう。こんなことなら波動用少しは残しておけと…「シュプール号」廃止されても宗教臨とかで稼働率高かったのに。増結されていてもグリーン車・寝台車の指定券は売り切れ、自由席も途中から大勢乗ってくるので詰めてくださいとの放送。盆のド真ん中でさほど混むとは予想しておらず、実際2週間前でも車両中央下段のベストポジションが取れたのでこれだけの乗客がいるのは正直驚いた。

寝台券は持っているのだが、横になるまでのしばらくの時間を座席車で過ごすことにする。以前583系に乗ったのはオール寝台の「シュプール号」だったし、広いボックスシートは419系や715系で体験済みだが急行用として整備された583系の座席車に乗るのは初めてである。座り心地は上々で昔リクライニングの夜行バスでの寝不足を419系で補ったこともあるくらいである。しかしここで寝たら寝台取った意味がないので寝台車へ移る。

久しぶりに乗る583系、せっかくだからパン下(屋根高さが中途半端で上段が設置できないパンタグラフ下の中段寝台)を試そうかと思ったがパンタの摩擦音がうるさいという話もあるしデッキかトイレにも近いのでどうかと思い王道の下段寝台で寝る。三段寝台とはいえ、中段寝台は座席時の背もたれの高さなので下段はそれほど狭さを感じない。座高が高くない限り上体を起こすことは可能である。もっとも年を取って体が硬くなれば横になったまま備え付けの浴衣に着替える器用なマネはできなくなるかもしれないし、そもそも直立できないので着付けがちゃんとできない。客車寝台と違ってボックス内に立てず荷物棚も無い。たしかに不便な車両である。しかし横になってしまえば広々としているのが583系下段の魅力。奮発してレア車のA寝台車にしようかとも思いましたが横になるとB寝台と全く変わらないのでやめました。

私は汽車慣れしていることや、旅の疲れもあって眠ることができました。途中数時間おきに目が覚めましたが(眠りの浅い周期は揺れで簡単に冷めるのだろう)、また眠ってしまいます。しかし5時を過ぎてトイレに起きると、窓の外が明るくなったこともあって眠れなくなり、意識を保ちながらもベッドでボーッとすることに。

終着大阪には6時49分に到着。たった1日の旅でしたがようやく帰ってきました。廃止も近そうだと思って乗った「きたぐに」が意外と混んでいたのは嬉しいのですが、583系の老朽化だけでなく新幹線との絡みで楽観できない状況です。大阪―富山間だけでもサンダーバード車両で残してくれないものでしょうか?

大阪からは快速電車で神戸に帰りますが、221系のシートのモケットが変更されていました。「JRの新車」としてもてはやされて22年、ようやくリニューアルの手が回ってきたようです。

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2011年8月17日 (水)

国鉄型車両を巡る旅~その3~485系快速「くびき野」

新井駅前をしばらく歩いて戻ると、「くびき野2号」が到着して折り返し整備中だった。しかしこの駅の主要な列車なんだし改札に面した1番線に停めろよ…

「くびき野」はもともと長野―新潟間の特急でしたが、県境を越える需要がなく新潟県南部から県庁へのアクセス列車として再編。その後JR東日本は何を思ったのか車両そのままで快速に格下げ、リクライニングシートの豪華な快速が生まれました。

その485系ですが、国鉄時代は全国各地で見られたのに今年になってJR九州とJR西日本から消滅(但し西日本では書類だけ183系にした元485系や波動用の489系が残存)、現在485系の定期運用があるのはJR東日本だけとなっています。首都圏では平成生まれですら廃車する会社なのに地方は意外と古い車両残ってます。

「くびき野」に使われる車両は特急「北越」「いなほ」と共通仕様のクロハ込み6両編成。座席はJR初期に交換されたリクライニングシートでしかも一部の車両はかつて「白鳥」「雷鳥」用デラックス編成に連結されていた座席の高床化、シートピッチ拡大された車両も混じっています。485系の中には国鉄時代の簡易リクライニングシートのマイナーチェンジタイプも残っているというのに「くびき野」編成は485系の中ですらも豪華な部類に入ります。本当にこれで特急料金不要とは… JR東日本新潟支社の太っ腹に驚かされますが、特急「北越」との格差がなさすぎて逆に問題がないのでしょうか?

新井始発の時点ではそれなりの乗車率(改札を通る乗客は結構いたが、6両編成の輸送力に対して微々たるレベル)でしたが、上越市内を各駅に停まって徐々に乗客が増えていきます。私はしばらく自由席に座っていましたが、脇野田に着いたところで最後尾1号車のクロハ481に移動します。脇野田から新潟だと営業キロが150キロに収まるため、ここからのグリーン券を新井駅で買っていたのです。1620円と同距離の特急の普通車自由席よりも安く、これで特急型車両のグリーン車に乗れるのだからとささやかな贅沢をしてみることにします。

1号車は手前が普通車指定席になっていますが、ここの座席は自由席よりも新しい座面がスライドするタイプになっており、また快速だからと自由席では省略されている枕カバーも付けられるなど多少の格差がついています。そこそこの距離の列車なので510円払って座る人が結構います。そしてこの車両の奥、先には運転室しかない袋小路に定員16人のグリーン室があります。座席は標準的な横4列タイプで、グリーン車としては標準的なタイプですが、JR初期にクロハに改造された時のままと見え座席の改良が進んだ現在では物足りなさを感じます。グリーン車の必需品といえるフットレストですが、高さが調製できないので脚が長いわけではない私ですら膝が曲がって負担がかかります(シートピッチが狭いと膝の負担も大きいので普通車にフットレストはいらない派)。グリーン室はガラガラですが、値段が手頃なこともあって私以外にも何人かは乗ってました。

直江津で5分間の停車。ここで階段を登ってさっきの駅弁を買おうと思ったのですが、さっきのおっさんがホームに下りてました。特急と「くびき野」の停車時間にはエレベーターで屋台を下ろしているのでしょう。おかげで難なく名物駅弁の「鱈めし」を買えました。特急待遇の快速「くびき野」ですが、さすがに車内販売はありません(まあ今は特急でも無い方が多いけど、昔は快速でも時々あったが)。

直江津から柏崎までは海沿いを走ります。窓から海水浴場やキャンプ場が目につきます。越後線が分岐する柏崎からは内陸部にはいり、上越新幹線に接続する長岡に停車。長岡を過ぎると日が暮れて車窓が暗くなる。お腹も空いてきたのでテーブルに置きっぱなしだった「鱈召し」を食べる。ご飯の上に焼いた鱈や数の子など鱈を豊富に載せており容器の大きさのわりにボリュームもある。ちなみに同じ店から同じスタイルの「さけめし」も出ているが鮭の駅弁は他(特に北海道)にもあるので鱈が主力商品になっている。

快速に1扉の485系を使っているので混雑を心配したが、トイレのついでに自由席を覗くともう少しで座席が埋まるレベル。普段115系が3両で走る路線なので6両だと余裕あるようだ。

すっかり暗くなった19時29分に終点新潟に到着。ここで帰りの夜行列車「きたぐに」に乗るまで時間を潰すことにする。

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2011年8月16日 (火)

国鉄型車両を巡る旅~その2~475系急行型電車

今年3月のダイヤ改正から、敦賀~金沢間の普通列車はほとんどが新型の521系になっており、国鉄型車両の旅はこの金沢から始まります。521系に乗ろうかなとも思ったのですが、関西の新快速とあまり変わらない車両なのでここまでサンダーバードで来て時間に余裕を持たせ、413系だったら何本か見送る覚悟で金沢~直江津間で475系の普通列車に乗ることにします。

最初に狙うのは金沢11時59分発の富山行き447M。いきなりビンゴで期待通りの475系、しかも最近話題の青一色塗装でした。

米原寄りからクハ455、モハ474、クモハ475の3両編成。車内はデッキ付近がロングシートになり、シートモケットが茶色になっているものの往年の急行型車両の面影をよく残しています。さすがにサンダーバードと比べると見劣りしますがそれでも昔はこの車両が大阪ー金沢・富山間の優等列車に使われていました。冷たい風に当たりながらこの車両が製造当初は非冷房だったことを思い出し、恵まれた時代だなと実感。便所・洗面所はクハを残して撤去されたのはどの編成も共通ですが、デッキの仕切りは車両によって撤去されたり残ったり混在しています。

先ほどからのダイヤの乱れもあり3分遅れの出発となりましたが、津幡での特急退避の停車時間を削ってすぐ定刻に。乗車率はどのボックスも埋まる程度でしたが、青春18きっぱーなのか荷物の大きい乗客が多く、大半が富山までの通し乗車でした。元急行用だけあって駅間では快調な走りを見せ定刻13時08分に富山に到着。

ここで13時18分発の直江津行き545Mに乗り換えますが、昼食として駅弁が欲しいところ。しかし富山駅は高架化工事中のため仮ホームで駅舎からかなり距離があり、走るほどではないにせよ改札外の駅弁屋に行くには厳しいところ。迷ってる暇は無いと考え超定番の「ますのすし」を購入して545Mのホームへ。

545Mは白い車体に青帯の電車。最近塗装コスト削減のため単色化が進むJR西日本だが、JR初期から使われているこの北陸色は結構気に入ってるだけに残念である。北陸地方の急行型車両は機器の違いで形式が分かれているが、この列車に使われているのは最終バージョンの475系。東日本・西日本両方の周波数で使えるが、残念ながら485系「白鳥」のような東西通し運用をやったことは無い。455系が現存しないJR東日本に貸し出してイベント列車にしたら話題になりそうだが。

545Mはどのボックスも埋まる程度の乗車率。ボックスシートだと数値上の乗車率は低くても他人のいるボックスに割り込みにくくて混んでいる印象を受けやすく、これがロングシート派の主張にもなっている。急行型のボックスシートだと窓辺のテーブルに飲み物を置くのが精一杯で(115系やキハ47など普通列車用だとそれすらない)、個人用テーブルのある特急の座席じゃないと駅弁を食べにくい。特に「ますのすし」は容器が複雑なので膝の上で開けるのに苦労した。皆様も駅弁を買うときは乗る車両と容器デザイン考えて選びましょう。

海側の座席に座って車窓を楽しむ。時々山側を見ると北陸新幹線の高架橋が結構できており、ホントにまだ3年もかかるのかと思う。

特急「白鳥」停車騒動で知られる能生、その次はトンネル駅の筒石に停車。このトンネル駅、光が窓で反射してまともに写真撮れませんでした。

乗り継ぎを含めると金沢から3時間以上旧式のボックスシート車に乗っていますが、元が急行用であることもあってつくりがいいのか疲れを感じません。今回は空いているので足を伸ばしていますが、昔は満員の臨時大垣夜行で大垣から川崎までクハ167のトップナンバーにずっと座っていたことがあります。そのときは一睡もできなかったものの窮屈とは感じませんでした。

15時22分に直江津に到着。以前来た事があるのでホームの雰囲気は覚えているのですが、改札は橋上駅舎になって印象が変わっています。改札入ってすぐのところに駅弁売りがいておっさんが元気な声をあげている。まだ食事の時間ではないが覚えておこう。

さて、ここから特急「北越」で一気に新潟へ行こうとも思ったのですが、この区間に「北越」と同じ485系を使う乗り得快速「くびき野」に乗ることにしました。それまで時間があるため、短距離切符を買って「くびき野」始発駅の新井まで行きます。

15時36分発の長野行き普通列車350Mに乗車、長野色の115系です。室内はリニューアルされて座席は新しいものに交換され内装も多少きれいになっていますが乗客が多いため座れたものの車内を無神経に撮影できず。

最近JR東日本から113系が無くなると話題になっていますが、私の住むJR西日本管内には多数残っていますし、東日本でも115系が長野・新潟に多数残っているので特にこれといった気持ちはないです。113系と115系って乗る分にはほとんど変わらないし。

脇野田駅では北陸新幹線の高架橋がすでにできあがっています。しかし地上からの遠目ではここにできるはずの上越駅は確認できず。衛星写真でも路盤だけで駅舎や移転する在来線は着工していない様子。

16時10分に新井に到着。ここで下車して折り返しの「くびき野」を待ちます。

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2011年8月15日 (月)

国鉄型車両を巡る旅~その1~ヨンダーバード

国鉄の分割民営化から24年、国鉄時代の車両が次々と姿を消す中、急行「きたぐに」に使われる583系寝台電車もリニューアルからですら20年近く経ち先が長くないといわれている。派生型である419系も今年引退しており、583系に乗るならもう最後のチャンスだろうと考え旅に出ることにした。

月曜の朝に帰ってきてそのまま出勤しようと考え2011年8月14日の上り「きたぐに」の寝台券を先に確保していたが、せっかくだからこっちも先が長くない急行型電車475系にも乗っておこうと考え特急「サンダーバード」で大阪から金沢まで行く。

8月14日の朝8時過ぎに大阪駅11番線に出る。8時12分発の「サンダーバード5号」は自由席の列にかなり並んでいたため金沢からの乗り継ぎが変わらないことを確かめて見送り42分発の「7号」を待つ。「サンダーバード」は一番古い車両が1992年製で年次の差がかなりあるのだが、やってきたのは最新型の683系4000番台(通称ヨンダーバード)、結構運がいい。

681系初期車に乗って以来16年ぶりとなる「サンダーバード」だが、当時の印象は記憶に薄く、この前乗った287系に似ているという感が強い。ただ自由席に乗ると意外と空いていて私の隣には誰も座らなかった。

さっそく駅弁を広げることにする。大阪駅ホームの弁当屋「旅弁当」で淡路屋の「六甲山縦走弁当」を購入していた。笹包みに握り飯というレトロな弁当のデザインとコンパクトで値段が手ごろ(早朝にパンを食べているので軽いのでよかった)なのに惹かれて選んだのだが、明石の蛸、神戸の牛肉と神戸の駅弁らしい具だけでなく卵焼きや鮭など幕の内弁当並みにバラエティがありとても600円とは思えない。

京都に停車する前後で「次は福井」という放送があり、そんな遠くまでノンストップかと少し驚く。必要ないので途中停車駅を確認していなかったのだがこの「7号」は「サンダーバード」で一番停車駅の少ない最速達列車だったのだ。石川県の温泉郷を全部スルーするため前の「5号」ほど混んでいないのだろう。

窓から琵琶湖を眺めていたが、北陸線に入る頃になって寝オチ。朦朧状態で敦賀を通過、保留車の419系を眺める。

先行列車の遅れで徐行したため数分遅れて金沢に到着。ここで増結の10~12号車を切り離すが、前よりの車両を切り離すため効率が悪く8分も停車する。スピードが売り物の「サンダーバード」でこのタイムロスは結構痛い。683系4000番台は大阪寄りに増結することも可能だが限定運用で効率悪くなるからね。このまま終着の富山まで乗っていてもいいのだが、475系に乗るためここで下車する。

…と旅の最初は最新型でしたが、ここからはずっと国鉄型車両です。

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